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平田耕治/バンドネオン奏者

2015.12.28 UP

2015年12月5日にバンドネオン奏者の平田耕治さんをお迎えして、さざなみプレミアムコンサート《平田耕治 TANGO WORKS》公演をさざなみホールにて開催いたしました。2012年から毎年逗子文化プラザホールに来ていただき、収容人数も多い「なぎさホール」で3回開催してきた平田耕治さんのタンゴ・コンサートですが、4度目となった今回は趣向を変え、舞台とお客様との親密度が高い「さざなみホール」の2ステージで、各回満場の120名のお客様に平田さんの熱演をたっぷりとお楽しみいただきました。逗子開成中・高等学校を卒業した平田さんにとって、逗子は“地元”。青春時代の思い出話も含め、平田さんの声をお届けいたします。

オープン10周年を迎えることができました。

平田氏:おめでとうございます。自分が逗子開成に通っていた頃は、ホールは影も形もなかったんですね。私は横浜市出身ですが、バンドネオンはちょうど逗子開成中に進学した13歳からはじめたので、原点と言えばやはり逗子の街並みが心に思い浮かびます。当時学級委員長をやっていて、朝の号令をかける役目があったんですが、時間ギリギリに逗子駅に着く電車に乗ってしまうと、逗子銀座商店街を全力で駆け抜けなくては間に合わない。それがしょっちゅうでした。もちろんそれ以来逗子銀座を走っていないので(笑)、20年弱経った今と比べてみることはできないのですが、当時の通学路の風景や雰囲気が私にとっての逗子の一面というのは間違いないです。ホールがオープンした2005年というと、洗足学園音楽大学の4年生で、秋山和慶さんの指揮でピアソラの《バンドネオン協奏曲》を演奏した年です。ですから、ホールがスタートを切っている時と、私は卒業後に進むべき新たな道を考えていた時期が重なりますね。卒業後1年程プロ活動をしていましたが、決意を固めてアルゼンチンへと旅立ったんです。

逗子時代 ― 中学・高校の頃の思い出

平田氏:バンドネオンをはじめた頃は、誰もその楽器について知らなかったし、アルゼンチンタンゴについての情報もなかった。インターネットもまだ全然普及していないような時代でしたし。偶然バンドネオンという楽器に出会い、興味を持って家にその楽器を持ち帰って以来、特に先生がいたわけでもなく(探してもみつからなかったかも)、文字通り見よう見まねでやっていて、後で間違って独学で身に付けたことを矯正するのが大変でした(笑)。中学校3年の時に何か楽器を演奏する(演奏する楽器がない場合は歌を歌う)という催しが学内であって、友人とバンドネオン、クラリネット、ピアノというグループを作って演奏したことがあります。今の言葉で言えば完全アウェーで、物珍しかったと思いますが、逆にインパクトもあったかもしれません。でも、このままバンドネオンをやっていてもとにかく知られていないし、自分がどれほどのものなのかもわからない。続けるか、やめてしまうか、それを見極めたいと思って高校1年生の夏休みを利用してアルゼンチンに勉強に行きました。その時の結果として、今の自分があるということです。よし、やろうと決めました。それで高校2年生の夏休みもまたアルゼンチンに行きました。

平田さん初の「さざなみホール」公演となりました。

平田氏:お客様の近さを実感できました。皆さん静かに、真剣に耳を傾けてくださって。オファーいただいたときは、大きい「なぎさホール」があるのにどうして?と思ったところもあったのですが、毎年来てくださっているお客様をはじめとして、ここには「なぎさホール」と「さざなみホール」、2つのそれぞれ特徴あるホールがあることを感じていただこうという試みも、実際演奏しながら理解が深まった感じです。でも、本当に逗子のお客様は温かいですね。海が近いからなのかな、大らかな印象も持っているんですが、やはり逗子のお客様が自分のことを身近に感じていただいているのがわかりますし、これからもずっと聴いていただきたいです。

平田さんの今後の活動。

平田氏:2016年1月中旬にチリのバルパライソに行って、飛鳥Ⅱ(日本最大の豪華客船)に乗って、南極を周って2月頭にブエノスアイレスで降りて、2週間だけ演奏活動をしてきます。これはバンドネオン、ギター2本、コントラバスの四重奏が中心のカンバタンゴ楽団の公演です。アルゼンチンタンゴはおよそ100年ちょっとの歴史がありますが、現在進行形の音楽で、新しいレパートリーもたくさんあります。進化していながらも楽曲のリズムや構成にタンゴの真髄が息づく、素晴らしい音楽が若手からもベテランからも生み出されています。また今後、演奏だけでなく、ダンス、ヴォーカルも網羅した、タンゴ文化を味わっていただけるような大きなショーが実現できるといいですね。また5年連続5回目の逗子凱旋公演も計画していますので、どうぞお楽しみに!

平田耕治
 

(聞き手:逗子文化プラザホール/写真:2015年12月5日の公演記録より)

平田耕治
平田耕治

逗子開成中・高等学校卒業。洗足学園音楽大学・音楽音響デザインコース・作曲専攻卒業。16歳で単身ブエノスアイレスに渡り、故カルロス・ラサリ氏宅に住込みで師事。翌年からネストル・マルコーニ氏、他にも併せて師事。2007年、日本人バンドネオン奏者として初めてブエノスアイレス市立エスクエラ・デ・タンゴのオーディションに合格、入団。2008年には、ブエノスアイレスの有名タンゴショーレストラン「ラ・ベンターナ(La Ventana)」と、日本人としては異例の専属契約を結び、半年間毎晩出演。2009年エスクエラ・デ・タンゴを卒業。2006年にはカンバタンゴ楽団(CAMBAtango)を結成、ブエノスアイレスをはじめとして日本各地、ニューヨーク、またポルトガル、スペイン、イタリアでも公演を行っている。2015年にこれまでの音楽の道程を辿る選曲となっている最新アルバム『バンドネオン』をリリース、好評を博している。

平田耕治 公式サイト
http://hiratakoji.com/

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ブエノスアイレスで下船後のBs.As及びロサリオでのゲスト出演などを終え、昨夜無事に帰国いたしました。持参したノートPC不調の為久々の更新になります。

ご心配おかけいたしました。

バンド写真

演奏風景

世界最南端の街ウシュアイア

ウシュアイア夜景

南極